前の題に「音大を目指した理由」なんて書いていて、
今度は違うことを書いて、「この人は何をやりたいのよ?」
なんて思うかもしれませが、この文にもどうぞ付き合ってやってください。
そもそもなんで音大を目指すことをやめてしまったのかというと、
あの独特のしがらみが嫌だと思ったからなんです。
私の行きたかった大学には、ピアノの先生である志保の知り合いなどはいませんでした。
受験のために大学の先生にも習うことがいいだろう、
と志保と話していたけれど知り合いがいないので当然、先生のことも何も知らない。
どうしようどうしよう、と悩んでいたときネット上で偶然私が行きたかった大学の出身だという方と出会いました。
その時は嬉しくてたまりませんでした。
親や周りの人に、「私は音大を受けるよ!」と言っていたのはいいものの正直不安でたまらなかったんです。
もちろん、その時は絶対に受けるものだと思っていました。
でも、向こうでの生活のこと、体のこと、病院のこと、いろいろな現実を考えると不安でした。
だから、その方との出会いはとても心強かったんです。
夏の講習会の時にお会いする約束をして、
先生も紹介してもらえて、私は講習会に行くことを心待ちにしていました。
しかし、いざ講習会に行ってみると逆に不安なことばかり増えたんです。
そして、知り合った方との喧嘩的別れ方。
その方のことを悪く言おうとしてこの文を書いているわけではないんです。
私が今どうしたいか、とかを書こうとするとどうしてもその方のことにも触れなくてはいけなかったんです。
なぜ喧嘩になったのかというと、簡単に言えば価値観の違いです。
ネット上で、このHPで喧嘩をしてしまいました。
きっとこの見苦しい喧嘩を見ていた方も多いことでしょう。
あの時、私は北海道の友達の家に泊まっていました。
友達のパソコンからこのHPの日記やBBSを更新していました。
友達がそばにいてくれてよかったと思っています。
1人でその喧嘩BBSを見るのは辛かったからです。
大泣きしている私のわきで夕飯を作っていた友達は、ある意味すごいと思う(笑)。
「お〜、お〜、泣け泣け」と思う存分泣かせてくれました。
一通り泣き倒してから作ってくれた夕飯を食べて、また泣けてきました。
福島に帰ってきて、自分自身に「本当に音楽やりたいの?」と問いただしました。
音大が悪いと言っているわけじゃないんです。
けれど、先生への付け届けのようなお礼の品を送るという行為や、
門下移動の時に生じると言われるゴタゴタ、とっても嫌だと思いました。
音を楽しむという文字のごとく、楽しんでこそ音楽だと思っている私は、音大に疑問を感じたのです。
自分の感情をすべて音楽にぶつける。
目指していたことです。
音楽で感情を表現する。
そうしたかったんです。
でも、「音楽大学」という特殊な社会の中でそれを実現するのは、
私には難しいかもしれないと思い始めました。
私は、やっぱり楽しむことを前提に音楽をやりたいんです。
あの喧嘩はやっぱりショックだったけれど、でも新しく考える時間を与えてくれました。
今はとても感謝しています。
実は、パニック障害だと言われて諦めた夢がありました。
それが保育士でした。
こんな病気だったら、絶対なれないよ。と、頭から決め付けていました。
誰に言われたわけでもないのに。
でも、あの考えていた時間に、やっぱり保育士を目指そうと思いました。
音楽を嫌いになったわけじゃない。むしろ、好きだからなんです。
好きだから、嫌いになりたくないからあえて別の道を選びました。
それに、私のような人も保育士になってちょっとはお役に立てることもあるかな??
ないかもしれないけれど、でも病気ぐらいで夢を諦めてはいけなかったんですよね。今はそう思います。
子供と歌うのもいい、遊ぶのもいい、学ぶのもいい、
大好きな音楽を続けながら私は保育士を目指そうと思います。
大好きな音楽さん、一生私と付き合ってくれますか??