2004年12月に福島の一時帰宅から東京のアパートに帰った私に異変が起きました。
<12月7日頃>このあたりから下痢が始まる。風邪のような症状もあり、近くのクリニックにかかる。風邪でしょう、ということで風邪薬や下痢止めを処方されて帰宅。
<12月8日>下痢止まらず、腹痛伴う。薬飲み続けるが、一向に治まらず。
<12月9日>腹痛強い。夕方、クリニックに行き症状を話す。下痢止めを強くしてもらい帰宅。次の日も症状が治まらなければ、入院設備のある病院を紹介するという。
<12月10日>夜中じゅう下痢と腹痛で耐えられず、朝、クリニックへ行く。T医大付属病院を紹介される。タクシーで病院に向かい、消化器内科を受診。何も飲み食いできない旨を話すと、即入院となる。その日から絶飲絶食。退院まで24時間点滴となる。たまたま東京での入院だったので、福島から親はすぐにこれず。近くの高校時代の友達に簡単な入院の用意をしてもらう。あとから福島より、速達で大量の荷物を送ってもらう。主治医に腸炎と診断され、ひたすら寝た。痛みが強く、夜中何回かボルタレン(痛み止め)を飲む。使えなくなったら我慢。
<12月11日〜>この日から痛みがなくなるまで3日くらいだっただろうか。その間に同室のおばちゃんたちとも仲良くなり、隣のベッドの人とは年が近いほうだったので、売店に行ったり屋上に行ったりしてよく一緒に過ごす。
<12月15日頃>ひょっとしたことから、看護士さんに連れられて婦人科を受診する。軽い気持ちで行ったのだが、エコーを撮るとDr.の顔が変わる。「卵巣が片方大きいね」。え〜?という気持ちで今度は内診。機械を入れてそこに映った画像は、あたしが見ても分かるくらい大きさの違う卵巣だった。急に卵巣腫瘍と言われ、貧血になり、車椅子で病室へ帰る。夜、消化器内科の主治医が、手術が必要と説明してくれた。
<12月16日>この日からMRIなど色々検査が始まる。腸炎が完全に治まったわけではないので、腸炎の治療が終わったら婦人科に引渡しということだったが、腫瘍が10センチ超えていたため早急に手術したかったらしい。引渡しといっても、もともと病室がいっぱいで外科病棟にいたので、リカバリーも含めて退院まで外科で過ごすこととなった。夜、婦人科の主治医にMRIを見せてもらいながら手術の説明などを受ける。開けてみないと良性か悪性か分からないらしい。20日か21日どちらかに手術を行いたいので、家族と相談して決めるようにと言われる。病室に戻ると、仲良くなったおばちゃんたちが、自分たちの手術のときのことを話してくれて、傷までみせてくれた人もいた。感謝。隣の人や向かいの人が次々に手術に行った。
<12月17日>この日、仲の良い看護士さんが日勤と夜勤の日を狙って、20日に手術の日を決める。Dr.は21日のほうが空きがたくさんあると言っていたが、我儘を聞いてくれた。ここからは聞いた話。この日の夜、消灯前に血圧が50を切る。意識混濁。リカバリーに運ばれ、婦人科の主治医がやってくる。Dr.は腫瘍の破裂を心配したようだが、結局大きくなった腫瘍が血管を圧迫したために血圧が下がったらしい。一時は緊急手術になるところだったらしい。意識が完全に戻ると、なにやら体にいろいろ張り付いていた。
<12月18日>情緒不安定。看護士さんの対応もなぜか気に入らない。昨日の夜つけられた導尿カテーテルも邪魔。そんなかんじで、この日もリカバリーで過ごす。
<12月19日>朝起きるとすっかり元気になって、元の病室に戻してもらった。手術の前に食べたいもの食べておいたほうがいいよ〜、と隣の人に言われ、売店にチョコを買いに走る。が、導尿カテーテルつけっぱなし。きょろきょろ見られるが、あまり気にせず。諸々の処置をして、久しぶりにお風呂に入る。すると、なにやら嫌なおりもの発見。お風呂あがってダッシュしてDr.に言ったら、たぶん抵抗力落ちてカンジダになったんだと思うけれど、手術のときに一緒に検査しておくとのこと。麻酔科の先生がなぜかこの日になってやってきた。みんな外来でかかるのに、あたしは病室で同意書読んでサインのみ。この日はなかなか寝付けず。いつも看護婦室で寝せてもらってたのだが、この日は0時の飲食禁止まで看護士さんとバリウムのカップでお茶をがぶ飲みして、朝方まで話して過ごす。それから軽く寝た。
<12月20日>起きたら点滴が手術用に変わっててちょっとどきどき。母は前日からアパートに泊まっていたが、くるまで暇なので、病室のみんなを誘ってトランプ大会。ベッドの上で神経衰弱など。1時頃、リカバリーに移って、前の手術が終わるのを待つ。2時、終わったと報告を受け、筋肉注射をしてもらいストレッチャーで手術室へ向かう。手術室へ入ると、手術台に寝かされ持って行ったCDをかけてもらいながら、硬膜外麻酔を受ける。痛い痛い言ってると、主治医がくる。「ちゃんと眠ったか確認してから切ってくださいね?」とひとしきり騒いで、マスクをかけられると5秒くらいで寝る。次の瞬間は、「手術終わりましたよ〜、起きてくださ〜い」という看護士さんの声だった。手術室を出るといつもの看護士さんが「お疲れさま〜」とお迎えにきてくれていた。リカバリーに入るとすっかり知った顔が並んでいて、「看護士さんが美人じゃなくなった」というと、ぶーぶー言われる。7時半終了らしかった。そのまま、次の日まで寝る。
<12月21日>朝起きると、歯磨きさせられた。鼻から管が入ってるので歯磨きは苦しかった。それからまた寝る。ちょくちょく看護士さんに起こされるが、眠くてしかたない。10時頃、主治医がきて管を抜いてくれた。すごく気持ち悪かった。眠くて仕方ないのは、硬膜外麻酔が効きすぎているとのことで、レベルを下げてもらった。痛みはなかった。時間が経つにつれてベッドをどんどん起こしてもらうけれど、ずるずる下に落ちてしまう。傾斜が進むたびに、傷が痛む。午後、足の痙攣が止まらなくなったので診てもらった。たぶん硬膜外麻酔が原因とのことで、抜いてもらった。入れるときがものすごく痛かったので、抜くときも痛いと思っていたら、するりと抜けてしまった。ついでに起き上がってみようか、と言われて挑戦したら立てたので、導尿カテーテルも抜いてしまおうと、抜いてもらった。立った記念に写真撮ってるあたりがあたしらしい。夜、母が帰ったあとで病室を歩いてみる。痛いけど歩けたので、看護婦室まで歩いてみる。看護士さんとしゃべって、病室に戻る。
<12月22日>昨日より楽に歩けた。診察のとき、隣の人が抜糸をしていたので、「あたしの抜糸はいつですか?」と聞くと、「テープで貼っただけだから抜糸ないよ」と言われてびっくり、というか怖くなった。それって開きやすいの?なんて。なので、「じゃあ、退院はいつですか?」と聞くと、「24日にでもしようか?」と言われ更にびっくり。盲腸より早い退院??
この日は、夜、主治医が企画した病院のクリスマスコンサートがあり、リハビリ室まで同室のおばちゃんたちと聴きにいく。放射線技師さんのヴァイオリンとか、婦人科ナースのハンドベルとか、なんかいつもと違う病院のスタッフだった。途中で傷が痛くなったので病室に帰る。
<12月23日>同室のおばちゃんたちが一気に退院してしまった。嬉しいやら寂しいやら。暇になってしまったので、1日看護士さんをからかって過ごす。看護婦室占拠(笑)次の日退院なので、夜は荷物まとめに苦労する。
<12月24日>腸炎で入院したはずが、卵巣腫瘍で手術して退院。腫瘍は良性だった。安心。迎えにきてもらった車で、福島へ3時間かけて帰る。T医大のみなさん、お世話になりました。
おまけ
1月の始めの外来で子宮内膜炎と診断され、4日間の入院となるのです。退院したとたんに逆戻り(笑)今度は4日で退院できてよかった。
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