[PR]子育てママさんへ:3年毎に15万円うけとれる女性保険?

「私のパニック障害記」今までのこと


最初の発作は、実はいつだったのか覚えてないんです。
なぜかって?
私は対人恐怖症や慢性胃炎で、吐き気や動悸など、発作と似たような症状が前から出ていたからなんです。
実際に対人恐怖症だと分かったのも、カウンセラーの先生にかかってからですし。
鈍い!といえば鈍いんですよねぇ(笑)
だって、他のパニック患者さん達が初めて発作に襲われたとき、「怖かった」って方が結構いらっしゃるのに、私は「いつ最初の発作が起きたか分からん!」なんて。。。
みんなの輪の中に入っていくときに手足が震えるのも、電車で動悸がするのも自分の性格だって思ってたんです。
「これはおかしいのかな?」って思ったのは、高校1年の2学期になってからです。
突然、教室の前で吐き気、動悸、息苦しさ、恐怖感、手足のしびれ、などに襲われ、それがなんだか「死んじゃうんじゃないか」って思っちゃったんです。
そのまま保健室に直行しました。
落ち着くまで休ませてもらって、また授業に戻りましたがその後もたびたびこういう「死んじゃうかも」って恐怖感が出て、保健の先生に相談したところ、学校のカウンセラーの先生を紹介されました。
その時、病院にかかることを進められ、慢性胃炎で通ってた病院から紹介状を書いてもらって、H病院に行きました。11月のことです。
紹介状、といってもカウンセラーの先生への紹介状でした。
でも、先生は多忙、とかで結局1回もカウンセリングを受けることはできませんでした。
紹介状持っていったのにそんなバカなってかんじなんですが・・・。
唯一カウンセリングみたいなのを受けられたといえば、その先生の助手が心理テストをしたぐらいです。
ほんとに苛立っちゃいましたよ。
診察は受けられました。
有名な先生らしかったですが、症状を訴えても一向に原因(病名)がわかりません。
あのとき、パニックの症状は確実にでていたのに。
「有名」な先生には2通りあるんだなって、その時思いました。
1つは、名医だけどほんとの患者を想ってくれる先生。
2つめは、私のかかった先生のように名前は有名だけど、患者のことをきちんと考えてくれない先生。
パニック障害は1992年に認められた新しい疾患だから、医師が診断に困ることは分かります。
実際、診断基準がはっきりしないらしいし。
でも、患者が訴えている症状が改善しなかったら、その原因を考えますよね?
私のかかった先生は、症状が改善されない、それどころか重くなるのにも関わらず、ずっと同じ診察、同じ投薬のみ。
気休めだけの精神安定剤の投薬も、なんだか安心できなくて(症状も改善されなかったし)高2になるとき、学校医であるI病院の先生のところに転院しました。
そこですぐ、パニック障害であることが分かりました。
その先生のところへいこうと思ったわけは、学校の先生と通じていることからでした。
「学校の部屋」に書いた通り、私のことを教師はよく思っていませんでした。
保健の先生は別でしたが。
学校医だったら1ヶ月に一回は学校にきて、先生方と面談するのでもしかしたら先生も理解してくれるんじゃないかって思ったんです。
病院の先生は、学校にくるたび、私のその時その時の症状や「なまけているのではない」ということを、担任に話してくれたようです。
投薬についてですが、パニックだと分かった時点でパキシル(SSRIという新薬で、パニックにはとても効果があると言われています。あとで詳しく書きます)が処方されました。
この薬でもどの薬でも、抗不安剤などは副作用に眠気があります。
当時、私は朝7時発の新幹線で学校に通っていました。
そのあとの新幹線でも十分間に合うのですが、同じ学校のたくさんの生徒が登校のために駅にいて、大量に(?)学校に向かってましたのでとても怖く、私が学校に行くには、ほとんど生徒を見かけない7時発じゃないとダメでした。
なので、6時過ぎには起きなくてはいけません。
部活をして帰ってきて、学校の予習やらなんやらで寝るのが早くても0時30分。
私はなぜか、眠くなる薬に弱くて効きすぎてしまいます。
医師が「そんなので眠くなるの〜?!」って驚くくらいよく効きます。
このパキシルは放っておいたら20時間くらい寝ちゃってたくらいです。
今は睡眠障害があるため眠いだけですが、当時は睡眠障害はなかったので朝起きるのが辛くて仕方ありませんでした。
なので、診察の時「眠くて学校行くのが大変なので飲めません」といって、無理に薬を中止しました。
この薬、最低3ヶ月飲まないと効果が出ないところを、私は1ヶ月と持ちませんでした。
あららら。。。
この時、同時進行していた治療がカウンセリングです。
医師には「なんでも話してきてね」って言われていましたが、どうも私はよく知っている人にじゃないと話せないところがあって、あまりよく話ができませんでした。
なんていうか・・・、こういったらダメなんですけど「カウンセラーは仕事なんだ」って気持ちが心の中にあって、「どうせ仕事で聞いてくれてるだけなんだ」って思ってました。
そんなことないのに・・・。
全国のカウンセラーのみなさん、ごめんなさい。
それから、医師とカウンセラーの意見が違っていることもあり「どっちを信じればいいのよ?」って時もありました。
結局は自分がいいと思ったほうを信じたんですけどね(笑)
つまりは私とカウンセリングは相性が悪かっただけってことなのかな?
カウンセリングを必要としているパニック患者さんたちはたくさんいますし。
なんて贅沢なやつなんだ!私は!
このカウンセリングで一番熱中してたのは、箱庭療法です。
けっこう耳にすると思いますが、砂の入った大きな箱の中に自分で人形、乗り物、木など好きなものを置いて、場面を作るんです。
自分の心の中の言葉にできないことを、箱庭で表現するってのが課題だったようなんですが、これまた自由奔放に作ってました。
主に、自分の気持ちをうまく言葉にできないころの小さい子などの療法に使うらしいんですけど・・・。
結構、楽しんでました。
あるときは、木をいっぱい使ってトラだの蛇だの置いて、ついでに匍匐前進している迷彩服着た人形もまぜて「アフリカ」。
またある時は、車をあるだけ敷き詰めて「渋滞」。(これを作ったときは、「心の中が渋滞してるのね〜」ってカウンセラーの先生が1人で納得してました)
アフリカものはしばらく続きました。
私の作品には蛇がたくさん登場するので、先生に「アフリカとか蛇とか好きなの?」って言われましたが、まったく逆なんですよ。
でもなぜか箱庭の時は、かわいい女の子とか動物とか使わなかったんですよねぇ。
いつも、「人形は迷彩服」、「動物は実際みたら飛んで逃げるもの」でした。
人間の人形が登場するのは滅多になかったんですけどね。
不思議です。
その箱庭も、4ヶ月くらいで限界になりました。
なぜかって?
ネタ切れです(笑)
いつも同じような人形ばかり使ってましたので、発想が浮かばなくなりました。
「だったら使ってなかったかわいい人形使えばいいのに〜」って母に言われましたが、なぜかそんな気は毛頭なくて、最後には木を全部敷き詰めて「森」だの、真ん中に木を一本だけおいて「無人島」とか作ってました(笑)
で、ネタ切れということで違う療法に移りました。
療法の名前は忘れちゃったんですが、雑誌などから写真を切り抜いて自分の好きなように画用紙に貼っていって作品を作るんです。
これはカウンセラーの先生も作って、出来たら見せ合いっこしてました。
私の代表作。
「ジャングル」。
どうしてもアフリカから離れられなかったようです。
カウンセリングにきちんと通ってたのは、高2の11月くらいまでだったと思います。
私が、病院に行くのがしんどくなってきたため医師が「自分で来たい思ったらくればいいよ」といってくれたからです。
そのころは症状も落ち着いていて発作もほとんど起きてなかったので、「やった〜!」っとばかりに、病院通いをやめてしまいました。
何か心配事があれば、月に1度医師が学校に来る際に面談できたので、学校医にかかるのはなかなかよかったと思います。
でも、1月からまた学校に行けなくなりました。
その時、私は家から出ることも困難だったので代わりに母が病院で話をしてきました。
医師は「本人の思うとおりやらせてやってください」 と言っていたそうです。
この時のことは「学校の部屋」に書いたとおりです。
特に投薬もなく、3月まで過ごしていましたが補講期間中に大きな発作が起きて病院に3ヶ月ぶりにかかることになりました。
その時処方されたのが、リーゼです。
この薬も眠くなりましたが、それでもこの薬のおかげで補講が乗り切れたんだから、感謝感謝。
しばらくリーゼを処方してもらうためにまた通うことにしました。
このリーゼ、だいたいの人は眠くなることはほとんどないらしいです。
その後、6月に大きな発作を起こし、薬が頓服用のソラナックスに変わりました。
ソラナックスは即効性があるということで、もらって実際発作が起きたとき飲みましたが、それが眠いのなんのって。
でも、その薬を飲んで寝てる間に発作は治まってました。
7月に部活の合宿があったのですが、その時は「なんでソラナックス効かないの〜?」ってくらい見事に効きませんでした。
おまけに3日間の間に何回も発作が起きました。
さすがのこんなことは初めてだったので不安でしたが、もっと不安だったのは友達だったと思います。
発作を何回も起こす私を運んでくれて、薬も飲ませてくれて。
大変だったと思います。
この場をかりて「ありがとう!」
でも、もっと大変だったのは9月の発作でした。
この時は友達と学校帰りに駅前をブラブラしてて、その間に発作が起きたんです。
でも、すぐ治まってホッとしたのもつかの間。
友達と別れるときになってまた発作です。
友達にはいいませんでした。
早く帰ろうと思って、新幹線のホームに行きましたが気持ち悪いのと、動悸がひどくて新幹線の中で倒れてしまいました。
この時に限って席がいっぱいでデッキにいたのですが、そこで倒れました。
運悪く誰も通らなくて、かなり怖かったのですが、新幹線に乗る前に母に発作が起きていることを電話でいってあったのでホームまで迎えにきてくれていました。
そんなわけで、9月よりまたパキシルのお世話になることになりました。
前回は10mgだったのですが、今回は20mgです。
この頃はもう学校に通ってはいなかったので(友達に会いに時々行ってたくらい)、
眠気については心配ありませんでした。
でもそのかわり、副作用の吐き気があって、飲んだ直後から気持ち悪くなりました。
なんでも、医師に話したらその副作用はヤバイってことだったのでまた10mgに戻りました。
9月のあの発作以降、そういう倒れてしまうような発作がかなり続き、今現在も時々あります。
9月から3月までは、パキシル、リーゼ、ガナトン(胃の薬)、ソラナックスを服用していました。
途中、過敏性腸症候群にかかってコロネルとラクボンが追加になりました。
4月、友達がみんな大学に行ってしまった頃、家の近くの病院に転院することになりました。
新幹線で通っていた学校の近くの病院は、負担が大きくて通えなくなったためです。
新しい病院は、病院なのに病院じゃない感じです。
診察室は談話室のよう。
医師は、丁寧にお辞儀して迎えてくれました。
病院特有のあの机もありません。
1人につき、30分の診察です。
予約制じゃないのでちょっと待ち時間が長いんですけどね。
そんなわけで、今に至ります。
今後の診察の様子は、日記に書いていきたいと思います。



[PR]車のドレスアップ代を稼ぐ:携帯で1日1万円収入も可能です