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小学校の4.5.6年と担任だった斉藤先生のことを話させてください。
先生は、戦争を切り抜けてきた方でした。
何度も、空襲にあってその度に命を落としそうになったのに、生きてこれました。
強運の持ち主です。
父兄にはとっても評判が悪かったけれど、生徒にはすごく人気がありました。
5年生の夏休み、先生に暑中見舞いを出したら「ちょっと夏バテ気味です」って返事がきて、
2学期学校に行くと「先生は体育教えられなくなっちゃったの」と言って、体育の時間は他の先生に任せることになりました。
夏休みに手術をされていたそうです。
どこが悪いっては聞きませんでしたが・・・。
「執刀した医者が、昔の教え子だったんだ」
なんて元気に話していました。
あの時、すでに先生の体は癌に侵されていたことをあとで聞きました。
私がいじめにあった時、先生はいじめのことを知っていながら放置していて、
あの時はとても悲しかった。
先生の机の前の席で、「先生助けて」っていつも心の中で言ってました。
でも、助けてくれなかった。
そのことを、私は「悲しい」と思いました。
「先生が憎い」「キライ」って気持ちじゃなかったんです。
なんでなんでしょうね。
嫌いになってたら、ここのこんなこと書かないはずだもの。
卒業するまでに、先生はもう1回入院してました。
それから、遅刻もするようになってました。
でも、誰も病を気づくことはありませんでした。
卒業して、中学校は小学校と繋がった校舎だったのに、
中学の入学式が終わった時しか私は制服姿を見せにいきませんでした。
先生は、私が中3の時定年退職します。
そのあとどうしてたかなんて、全然知りませんでした。
苦しんでたことも。
それは、高2のゴールデンウィーク中の夕方6時ころのことでした。
「斉藤先生が亡くなった」
私の携帯に突然そんな電話が入りました。
「え?」
ってしばらく信じられなくて、
「嘘でしょ」
って電話を切りました。
そのあとすぐ、先生の近所に住むうちのイトコから
「先生の家の前に花があがってるよ」
って電話がありました。
それからすぐ、お葬式の日と時間を知らせるメールが。
ほんとにほんとのことなんだ。
友達にまた電話をして、
お葬式に行って先生に高校の制服姿見せてこようってことに なりました。
そのお葬式の日は部活の講習会の日で、不登校になって以来全然でることができていなかった 講習会で「その日は出るように」って言われてました。
でも、先生のほうを優先しました。
もちろんです。
お葬式の間、先生の一生のことが語られて、
どれもこれも授業で言ってたことばかりだなって思い出してました。
でも、先生の顔が思い出せません。
斎場で会った先生はお骨だったから。
どうしても思いだせなくて、帰ってから卒業アルバムで確認しました。
先生は、定年になったあと奥さんと旅行に行くことを楽しみにしていたそうです。
なのに、定年になってすぐ入院。
入院しても、「退院したら息子が買ってくれた酒を開ける」って
楽しみにしていたそうです。
最期の入院の時も、数時間前まで友達と話をしていて。。。
なんで私は、いじめのとき助けてくれなかった先生の死をこんなに悲しんでいるのでしょう。
分からないんです。
なんで嫌いにならなかったんだろう。
なんで先生の病気を気づけなかったんだろう。
先生の死を知ってまた命の大切さを教えてもらったような気がします。
最期まで先生は教師だったんですね。
うまく書けませんが、
先生は私の中でずっと生きています。


 music by Sora Aonami



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